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お勉強ノート あるいは、未来の自分へ向けた経過報告

お勉強のためのメモです。主なコンテンツは京都新聞の社説と心理学関係書籍の縮約、英文教科書の和訳です。目指しているのは「チャーリー・ゴードンの『経過報告』」。

信頼の構造・・・序章

山岸俊男「信頼の構造」縮約

序章(6722字 縮約2235字)
 集団主義社会は安心を生み出すが信頼を破壊する。
 ここでは、人々が集団の内部で協力しあっている程度が、集団間で協力しあっている程度よりもずっと強い社会、「内集団ひいき」の程度が特に強い社会のことを集団主義社会と呼ぶことにする。
 この意味での典型は近代以前の伝統的な村落共同体であり、社会学ゲマインシャフトと呼ばれている共同体社会である。集団の内部では相互協力が成立しており、内部の仲間とだけつきあっている限りは警戒する必要がない。
 集団主義社会の内部で互いに警戒する必要がないという事例は、現代の社会でも容易に目にすることができる。例えば、日本では取引相手との間にまず「信頼関係」を作り上げることが大事で、1度関係が確立すれば電話1本で取引が成立する、といった逸話がよく使われる。
 これが「集団主義社会が安心を生み出す」ということの大まかな意味である。
 しかし、メッセージの後半の部分ー「集団主義社会は信頼を破壊する」という部分ーが重要な意味をもつ。
 最初に、極端に単純化された形でこのメッセージのエッセンスを伝えることにしておきたい。手紙さえ届かない山奥の伝統的な共同体を思い浮かべていただきたい。そこに住む人々は、一生の殆どをその小さな共同体の中で過ごしている。そしてその共同体の中では、人々は共同体の中で安心して暮らすことができる。メッセージの後半が問題としているのは、このような共同体に住む人々の間に信頼が育成されるかどうかについてである。
 直感的には、このように共同体が信頼の育成にもっとも有効な環境であると思われる。
 このような共同体に代表される集団主義社会では、「余所者」に対して心を許さない傾向にあることは、直感的に理解できるだろう。このことは、仲間内で安心していられることと、仲間内を超えた他者一般ないし人間性一般に対する信頼をもつこととの違いを意味している。上述のメッセージの後半は、仲間内で安心していられる関係に埋没していると、人間一般に対する信頼が育ちにくくなることを主張する。
 この点の理解が、今後の日本社会のあり方を考える上で重要な意味をもつ。
 この問題は、現在とくに経済の分野で認識されつつある問題でもある。 
 これまでの日本社会では、社会の様々な部分で閉ざされた関係をつくることで、関係内部で協力体制が確立していた。このおかげで、外部からの競争から隔離され、安定した利益を確保することができる。しかし、そのつけが競争力の低下として取り返しがつかなくなってきているのではないか。
 集団主義が信頼を破壊するという点の理解が重要なのは、閉鎖的な集団主義社会からより開かれた社会への転換に際して、一般的信頼がきわめて重要な役割を果たすと考えられるからである。これまでの研究や一般常識では、信頼による関係強化の側面に目が向けられてきた。これに対して本書が強調しているのは、信頼には人々を固定した関係から解き放ち、新しい相手との間の自発的な関係の形成に向かわせるという、関係拡張の側面もあるのだという点である。
 この「閉ざされた関係からの解放者」としての信頼の役割は、他の識者によっても指摘されている。なかでも最近注目されているのは、フランシス・フクヤマの議論(Fukuyama,1995)である。社会や経済の効率的運営のためには自発的な集団や組織形成が重要なこと、そしてそのためには人々が家族や集団の狭い枠を超えた他者一般に対する信頼をもつ必要があることについては、筆者もフクヤマも同じ結論に達している。 この結論は、他の多くの識者の結論とも一貫するものである。例えばロバート・パトナム(Putnam,1993a,1993b)は、アメリカ社会が最近になって信頼の低下に直面していることを指摘し、民主的な政治制度の危機をも招きかねないことに対して警鐘を鳴らしている(Putnam,1993b)。
  ここで機会コストを、別の相手と取引をすれば得られたはずの利益と、現在の利益との差として定義する。同じ相手と取引関係を継続することに伴う機会コストがあまり大きくない場合には、安定した関係で得られる取引コストの削減は有利な戦略だが、機会コストが大きな状況になれば不利な経営戦略となる。
 現在の日本社会では、社会の様々な側面で機会コストが急速に増大しつつある。機会コストをうまく引き下げること、つまり自分にとっての有利な機会を逃さないようにすること、マクロに見れば機会と人材のマッチングが適切になされているかどうかによって、社会全体の効率が決まってくることを意味している。
 このようなマッチングがうまくいくためには、部外者に対する不信・差別を中心とする集団的な行動形態から脱却する必要があり、他者一般に対する信頼をもつようになる必要がある。どうしたら一般的信頼を醸成することができるかを考えることは重要な課題の一つである。
 人間性一般を信頼するということは、やみくもに他人は信頼できると思いこむことではなく、信頼できるかどうかを見分けるための感受性とスキルを身につけた上で、とりあえずは他人は信頼できるものと考えるゆとりをもつことである。
 信頼を社会的知性として考えること、そしてそのような社会的知性を向上させるための投資を、個人のレベルでも社会全体のレベルでも促進するように奨励することが、一般的信頼醸成のためのキーとなるだろうというのが、本書に紹介された研究から導き出される現時点での結論である。