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お勉強ノート あるいは、未来の自分へ向けた経過報告

お勉強のためのメモです。主なコンテンツは京都新聞の社説と心理学関係書籍の縮約、英文教科書の和訳です。目指しているのは「チャーリー・ゴードンの『経過報告』」。

第2章 信頼概念の整理(3)・・・能力に対する期待と意図に関する期待

山岸俊男「信頼の構造」縮約

能力に対する期待と意図に関する期待(原文:2279字 縮約:758字)

 信頼を道徳的社会秩序の存在に対する期待として定義した場合にも、そこには質的に異なったいくつかの内容が含まれている。

 筆者らは、①相手の能力に対する期待としての信頼と、②相手の意図に対する期待としての信頼の区別を提案してきた(山岸・小宮山、1995;Yamagishi & Yamagishi、1994;山岸ら、1995)。また、説得コミュニケーション研究においては、説得の効果を上げる要因として、説得者の専門性にもとづく能力(competenceと、説得者の意図についての信頼性(trustworthinessとが区別されているが、筆者らの信頼についての区別は、この区別とも対応している。

 2つが混同されると大きな誤解を生むこともある。例えば、近くに原子力発電所が建設されるという計画が発表されれば、住民は不安を感じるだろう。それに対して、電力会社や政府は安全性のPRを行い、危険が存在しないことを説得しようとする。この場合、電力会社や政府は、住民の不安は原子力発電所の「能力」に対する不信にもとづくものであると考えている。

 これに対して、いくら安全性をPRしても、住民の不安はあまり低下しない場合が多い。これは、住民には電力会社や政府の「意図」に対する不信があって、電力会社や政府は本当のことを住民には知らせないだろうと思っているからである。

 能力に対する信頼と、意図に対する信頼とに、共通しているただ1つの点は、いずれが存在している場合にも、安心していられるという点のみである。人間関係において安心を生み出すものが信頼であると言う意味では、この2つは同じ信頼という概念でまとめることもできるが、安心を生み出す理由に関しては、ほとんど共通性が存在しない。そこで以下では、相手の意図に対する期待としての信頼に限って定義する。